松任谷由美の音楽の起源
こんにちは、皆さん。
今日は、日本の音楽界における巨星ユーミンこと松任谷由実さんと、その母・荒井芳枝さんについてお話ししましょう。
ユーミンの音楽は、その美しいメロディと心に響く歌詞で、多くの人々を魅了してきました。
しかし、彼女の音楽の起源は、実は彼女の母親にまで遡ることができます。
母親から受け継いだ情熱
ユーミンは以前、母・芳枝さんの事をこんな風に話していました。
「母は大正生まれで、エンターテインメントが大好きだった。
私も子どものころからさまざまなものを見せてもらえて、歌舞伎、新派・新劇、宝塚…。
自分で言うのもですが、ユーミンという、今の私(になるため)の英才教育を施してくれました」と。
ユーミンは6歳からピアノ、11歳から三味線、14歳からベースを始めましたが、お母様の影響もあったのではないでしょうか。
ユーミン母娘を知る音楽関係者は、パワフルで個性的な母の影響はユーミンにとって大きかった」と話します。
ユーミンがほかの歌手に楽曲を提供する際に使うペンネーム『呉田軽穂(くれたかるほ)』がスウェーデンの世界的女優、グレタ・ガルボをもじったものであることは有名ですが、芳枝さんが昔の洋画や舞台が大好きだった影響だそうです。
ユーミンの母・芳枝さんは、彼女が音楽に情熱を注ぐきっかけを作った人物です。
彼女の母親は、自身もエンターテインメントを愛し、その情熱は、ユーミンがまだ幼い頃から彼女に注がれ、音楽への愛情を育てました。
そんな母・芳枝さんですが、コロナに感染し一時期重症だったそうです。
100歳超えの老母がコロナ重症から奇跡の生還
ユーミンは以前母・芳枝さんが新型コロナに感染し、人工心肺装置・エクモも検討しなければならない程の重症だったと話しました。
しかし幸運にも担当のドクターが驚く程の回復力で、奇跡の生還を果たしたそうです。
100歳を超える高齢者がコロナで助かるケースは極めてまれとの事なので、生命力が強いのでしょうね。
母の影響と音楽への道
ユーミンは、母・芳枝さんから受け継いだ情熱と影響を胸に、自身の音楽の道を進んでいます。
彼女の音楽は、その途中で出会った人々が経験し、感じたことを表現しています。
そして、それは彼女の音楽を通じて、私たちファンにも伝わってきます。
彼女の音楽を通じて感じるすべてを楽しみに、これからも応援していきたいと思います。
最後までお読み頂きありがとうございました。
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